子供の能力を伸ばすためには「教える」のではなく「教わる」ことが大事

Teaching is learning.
という言葉があります。
教える事は学ぶ事っつー意味ですね。

子育てをする上で「親から子供に教える」というのは当たり前に行われていることなんですが、逆に「親が子供に教わる」という事を意識的に行うことってなかなか無くないですか?

今年6歳になる息子が3歳の時、トミカが大好きで毎日毎日トミカで遊んでいました。もはや、40年近く生きてきた僕よりトミカの事を知っていたはず。

そんな息子に、消防車のトミカを指さして「これはどういう風に走るの?」と聞くと、サイレンの音マネをしながらトミカを走らせて教えてくれました。「じゃあ、その消防車はどこに帰っていくの?」と聞くと、近くにあった積み木を使って車庫に見立てたスペースを作り、そこに消防車が帰っていく流れをていねいに教えてくれました。そして、僕が次に質問をする前に、消防車の横にパトカーと救急車を並べはじめます。「そこにはパトカーと救急車もあるんだね!」と言うと息子は目を輝かせながら頷き、次は3台同時に出動する様子を見せてくれました。

教えることは嬉しさに繋がる

親が子供に教えを請うと、その子供は必死になって教えてくれます。教えたことが親に伝わったことがわかると目を輝かせ、それに関わる他の情報を能動的に提示してくれます。息子が積み木を使って車庫に見立てたスペースを作ってくれたように、伝えるために必要な物を親から何も言わなくても自発的に作りだしてくれました。

よくよく考えてみると、自分も誰かに何かを教えてそれが上手く伝わるとものすごく嬉しくなります。その嬉しさが、もっと有益な事をもっとわかりやすく教えてあげたいというモチベーションに繋がります。このスパイラルは大人であっても子供であっても同じだなと。

上手く教えられない=自分の理解が足りない

人に何かを教えるとき、上手く説明ができないときってあるじゃないですか?それって結局自分でもしっかり理解してないことが原因であることが多いんですよね。そうすると、どうやって教えればいいかを考えるわけですが、それ自体が自分自身の理解度を深める作業になるわけですね。いつもふわっと理解していた(もしくは理解していると思い込んでいた)ことを人に説明するために改めて考えることで、新たな発見がある。そんな嬉しさが、学んで教えるモチベーションに繋がっていくのですね。

上手く教えられなくて困ってるときの息子

ハンパなく可愛いんですけどどうしたらいいですかね?
もうね、マンガを見てるかと思うくらいあからさまに悩むわけですよ。「う〜んとね〜」って言いながら腕を組みはじめたり、あの考える人の銅像みたいな感じになったり。大人がするような動作を小さな体の子供がした時の破壊的な可愛さね。「ちょっとまってね!」っていいながらおもちゃ箱を眺めて考え込んでいる小さな背中なんて見せられたらまずは抱きしめますよね。抱きしめずにはいられない。

教える力を養うためには

ほんとに無意識なんですけどね、子供が何するにしても親が先回りしちゃってるんですよね。失敗しないように、正解を先に言っちゃったり見せちゃったりする。例えば、ご飯の時、汁状のものをフォークで食べようとする息子がいると、スプーンをさっと出しちゃう僕。スプーンで食べることが正解なんですけど、一度フォークで食べさせて、食べづらいという「失敗」を経験させてからでもスプーンを出すのは遅くないわけですよね。その失敗が、他の誰かに教えるための経験や知識になるはずです。汁物はなぜフォークでは食べづらいのかは体験しないとなかなか教えられないですよね。

「教える力」を養うために、時には親はグッとこらえて先回りせずに子供の行動を見守ることも大切です。成功体験だけではなく、失敗体験も生きていく上でとても大切であることは人生の先輩である我々大人が一番良く知ってますよね?

何でも子供に聞いてみる

トミカの一件があってからは、僕は息子に意識的に「聞く」ようにしています。初体験なことでも、まずは「どうしたらできると思う?」と聞くようにしています。そして、それが上手くできた時は褒めるわけですが、この時の褒め方としてオススメなのが、「どうやってしたの?パパに教えて!」という褒め方です。実質、褒めてないけど、この言葉はすごく褒め言葉になるんです。自分がパパに教えてあげてるという状況が子供にとって大きな喜びであり、ご褒美になってるみたいです。

自分がなんでも子供に教えないといけないという視点を少し変えて、いろいろと教えてもらうと面白い発見がたくさんありますので、みなさんも是非おためしを!

ではでは今日はこのへんで、おつかれちゃんでした!